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ジョン・テリー

 

サポーターにとって真のヒーローのテリーは、チェルシー史上最も成功している主将であり、現役選手の中で最高クラスのセントラルDFのひとりでもあり。闘争心に溢れ、試合の読みに長け、堅固なプレーでチームに貢献するテリーは、ディフェンダー中のディフェンダー以上の存在の選手である。

 

西ロンドン出身のテリーは、14歳からチェルシーに所属した。当時のポジションはMFだったが、ユースチームでセンターバックを任された以降はこのポジションでプレーし続けている。

 

テリーは短期間、ノッティンガム・フォレストにレンタル移籍し、ここで才能を開花させた。また、彼はマルセル・デサイー、フランク・ルブーフといった選手からも多いに学んだ。チェルシーデビューわずか2シーズン目にテリーはチェルシー年間最優秀選手に選ばれている。

 

2004年に主将に初めて任命されると、同年にクラブ待望のプレミアのタイトルを獲得。テリーは主将としてチームにメジャータイトルをもたらした4人のチェルシー主将のひとりとなった。2004-05シーズンはワールドクラスのプレーを披露し、8得点も挙げ、絶大な存在感を示した。シーズンの締めくくりに、チェルシーから初となるPFA年間最優秀選手賞に選ばれた。

 

2005-06シーズンも一貫して好調さをキープし、2度目のプレミアタイトルを獲得した。全大会で7得点を挙げ、2度目のチェルシー年間最優秀選手に選ばれた。

 

テリーはすでにチェルシー300試合以上を記録していたが、2006-07シーズンは長引く背中の痛みで欠場を強いられた。しかし、復帰を果たすと、新ウェンブリースタジアムでFAカップのトロフィーを掲げる初めての主将となった。

 

2007-08シーズンは怪我のため62試合中37試合の出場に終わった。膝、頬、足、肘と次々と故障を抱えたが、アブラム・グラント監督が「テリーは超人だ」と形容したように、驚くべき速さで怪我を克服し、チェルシーが初進出したチャンピオンズリーグ決勝に出場した。しかし、PK戦に突入した決勝でテリーはPKを外し、チームはマンチェスター・ユナイテッドに敗れ去った。

 

自身の失敗を嘆いたテリーだったが、クラブの誰もがシーズン中の彼のチームへの貢献をたたえた。2008-09シーズン、立ち直ったテリーはルイス・フェリペ・スコラーリ監督、続くフース・ヒディンク監督の下で、傑出したプレーを見せ続けた。

 

同シーズン、テリーが最も輝いたのは、史上最強のチームと評されるバルセロナとカンプノウで0-0で引き分けた試合だった。この試合、彼はほぼ完ぺきのパフォーマンスでバルセロナの攻撃を防いだ。再び素晴らしいシーズンとなった締めくくりに、2度目のFAカップ優勝トロフィーをチェルシー主将として掲げた。

 

2009-10シーズンも好調さをキープしたテリーは、チェルシー主将として初めて2冠を達成した。

 

同シーズンはチーム内の選手は故障に悩まされることが多かったが、テリーはリカルド・カルヴァーリョ、ブラニスラブ・イヴァノヴィッチ、アレックスらとともに全試合に出場した。

 

テリーはホームでのマンチェスター・ユナイテッド戦でこの試合唯一の得点を頭で決めたが、ニュースのヘッドラインを飾ったのはプライベートの問題だった。しかし彼はこの騒動の中、バーンリーで決勝点を挙げ、勝ち点3をチームにもたらした。

 

FAカップ準決勝でテリーは再び得点を記録した。そして、1週間前に3度目のプレミア優勝トロフィーを掲げたばかりのテリーは、中足骨の負傷を克服して出場したFAカップ決勝でも、優勝を果たした。この試合、彼は決まったかと思われたヘディングシュートを放ったがこれはクロスバーに嫌われた。

 

カルロ・アンチェトッティ監督の下での2シーズン目、チームメートの多くが調子を落とす中、テリーはコンディションを保ち続けたものの、11月は2週間怪我に悩まされた。

2010-11シーズンは珍しく無冠に終わったが、4月に行われたホームでのスパーズ戦で、わずか5人しか達成していないチェルシー500試合出場を記録した。

 

2011-12シーズンは怪我に見舞われ続けたが、堅調なプレーをし続けた。しかし、最も深刻な負傷をした際は、8試合欠場を余儀なくされた。テリーは2月に驚異的な速さで復帰すると、ホームでのナポリ戦で貴重な2得点目を上げ、チームの勝利に貢献した。

このシーズンは、2005-06シーズン以来となるゴールを量産したシーズンとなり、主将としての存在感を見せつけた。

バイエルン・ミュンヘンとのチャンピオンズリーグ決勝は、準決勝のバルセロナ第2戦でレッドカードをもらい、出場停止となったが、優勝セレモニーではフランク・ランパードとともに優勝カップを掲げた。チェルシーはわずか数週間前にFAカップも制しており、主将テリーにとっては忘れられないシーズンとなった。

 

代表歴

テリーは2003年6月のセルビア・モンテネグロ戦で代表初出場を果たし、ユーロ2004、ワールドカップ2006でも代表にレギュラー入りし、スティーブ・マクラーレン監督は彼を主将に任命した。

 

チェルシーの選手としては1970年代半ばのレイ・ウィルキンソン以来初となるイングランド代表入りしたテリーは、プロカテゴリーの年代では初めてとなるイングランド代表主将を務めた。しかし、2010年2月にプライベートの問題でマスコミを賑わせ、ファビオ・カペット監督はテリーを主将から解任した。

 

テリーは新ウェンブリースタジアムではチェルシーでFAカップを制して、すでに優勝トロフィーを掲げていたが、1-1で引き分けたブラジル戦で先制点を挙げ、このスタジアムで行われた代表戦で初めてゴールを決めた選手となった。

 

故障のため、イングランドが敗退を喫したユーロ2008予選大会は欠場したが、2010年のワールドカップ・南アフリカの予選大会ではイングランドをけん引し、本大会出場を果たした。テリーはイングランドの4試合すべてに出場し、スロベニア戦では地上すれすれを横っ飛びのダイビングをして、頭でブロックを試みるなど、記憶に残るプレーを見せた。

 

2011年3月、カペッロ監督に再び主将に任命されたが、ユーロ2012前に主将をはく奪された。ユーロ2012ではテリーは4試合すべての出場し、素晴らしいプレーを披露した。

スタティスティックス情報

 

出場回数 得点 イエローカード レッドカード
(途中出場)      
4 (1) 0 0 0

 

キャリア情報

 

シーズン 出場回数 得点 イエローカード レッドカード
  (途中出場)      
2012 - 13 27 (3) 6 2 0
2011 - 12 44 (1) 7 9 1
2010 - 11 46 (0) 4 8 0
2009 - 10 52 (1) 3 11 1
2008 - 09 51 (0) 3 10 2
2007 - 08 37 (0) 1 8 0
2006 - 07 45 (1) 1 5 1
2005 - 06 50 (0) 7 6 0
2004 - 05 53 (0) 8 7 0
2003 - 04 51 (0) 3 9 0
2002 - 03 29 (4) 6 5 0
2001 - 02 47 (3) 4 8 0
2000 - 01 26 (3) 1 3 0

 

 
 

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